「方法」の議論は一番低次元であることを忘れない。

数年前から、「働き方」についての議論が活発化し、2017年を迎えたいまではSNSなど各所でそうした議論を見かけるようになりました。具体的には残業時間の見直しや、副業推進、リモートワークの推進、あたりでしょうか。各個人のブログやSNSはもちろん、企業のメッセージとしてもいろんな内容が発信されているように思います。

そうした言説を見るたびにいつも思い起こすのが、森博嗣さんの言葉です。(このブログではたびたび出ているのですが、僕は森博嗣さんがとても好きで、森さんの考え方に多大な影響を受けています。)ちょっと文脈を忘れてしまったのですが、森さんは自著のエッセイの中で「やり方にこだわるのは2流。本質的ではない」とおっしゃっていたんですね。要は、物事を解決するための手段はどうでもよくて、価値があるのはその成果だけだ、ということです。

考えるべきことはもう一つあります。

おそらく、今後は「リモートワーク全面OK!」「ガンガン副業やっちゃっていいよ!」みたいな、「新しい働き方」を推進する企業がドンドン増えてくると思います。特に副業規定あたりは国の方針としてそうした流れができつつあるので、間違いないでしょう。そうすると、「新しい働き方」という概念自体が一般化して、目新しいものでもなんでもない状態になってきます。これは逆にいうと、そうした働き方についていけない企業は、スタンダードから取り残されるということになるので、かなりきつくなってくるのかなぁと。

これらを考えていくと、やはりいつも忘れてはいけないのは結局「何を成したのか」ということなのだなと。森さんがおっしゃるように、実はやり方なんてどうでもよくて、そのより高い次元にある『成果』についてもうちょっと深く考えることが求められるようになるんじゃないかと思います。もちろん、「働き方」をとことん突き詰めるのも重要なことですが、それらは「前提」となりうる、ということです。

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