Leicaのカメラを借りてみた

先週から、とあるカメラ好きの友人よりLeicaのカメラをお借りすることができました。Leicaというと、カメラ好きなら誰もが憧れるドイツのハイブランドです。

僕自身は大学の頃から緩く趣味でカメラをやっていまして、CanonのKiss X4に始まり最近ではもっぱらSONYのα7IIIをメインマシンとして使っていました。ミラーレス一眼カメラとしては十分なスペックを持つこのマシンを使いながら特段大きな不満もなかったのですが、それでもこのLeicaのカメラにはずっと心のどこかに憧れがありました。

というのも、シンプルにLeicaのカメラはめちゃくちゃ高いんですよね…。金額を書くのも躊躇するレベルなので、気になった方は是非調べてみてください。私の持っているSONYのカメラの5倍くらいの値段がします。そしてさらに値段が高いというだけでなく、この機材の小ささ!高価な分、本体もがっちり大きいのならまだ分かりますよね。むしろその逆で、現代において量販店で見られるようなミラーレス一眼カメラのサイズ感からは浮世離れしたかのようなミニマル具合。そういった異質な存在感が、カメラ好きにとっては無視できないような異彩を放っているのだと思います。

そんなLeicaのカメラに対して、「いつかは持ってみたいな…」とぼんやり思っていた程度だったのですが、運良く知人がLeicaのM10という機材を所有しているという話を聞きました。恐る恐る1〜2週間程度貸してくれないかとお願いしたところ、快く承諾してもらうことができました。ありがたいです。

さて、それからしばらく実際に使ってみてどうだったか。オートフォーカスやISO感度の性能においてはSONYなどの最新機種に遠く及びませんが(このカメラそもそもマニュアルフォーカス専用だったりします)、Leicaの得意とするシチュエーションにビタっとハマって被写体を撮影できたときの描写は本当に息を飲むものがあります。なるほどこれがLeicaか…と深く関心させられました。

さらに言うと、私はこのLeicaというブランドが持つ製造哲学に強く共感している部分があります。それは、現代においても製造工程の重要な部分はほとんど職人の手によって行われているという点です。先ほどの機材自体が非常に小さい話とも関連してきますが、特にレンズのビルドプロセスにおいて細かくチューニングする作業は機械でやるよりも人手でやったほうが高いクオリティを生み出せるということを示唆しています。このことは、今後さまざまな仕事の工程がソフトウェアによるアルゴリズムや、機械学習による量産アプローチによって取って代わられようとしている現代を生きる我々にとっても決して人ごとではないと思うのです。まさにこれまでの100年間において、多くの仕事が人手による作業から機械による大量生産に置き換えられていった中で、それでもLeicaというブランドは職人技による品質を維持し続け、現代においても高く評価されている。このことから学べる哲学は非常に多くあり、同じように長い歴史を生き抜いてきたブランドの製品は、今後できるだけ手に取って感じていきたいと考える今日この頃であります。

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