スタイル

大和桜の若松徹幹さんが半年ほど前に、今ご自身がやられていることなどを色々と語ってくれた後、最後に「それが僕のスタイルかなぁ。笑」とひとこと言ったのを覚えている。話していただいた当時はその言葉に特に引っかかりを持たなかったのだけれど、今になってよく思い返す。

自分にとってのスタイル。最近はこのブログでも「自然体」という言葉をよく使うけれど、似たような文脈として、「スタイル」という言葉もよく意識するようになった。

鹿児島にはエネルギーのある人達がたくさんいて、周りを見渡すと圧倒されるばかり。こんなにエネルギーがひしめき合っている中で、僕にできることはあるのかと、たじろぎそうになってしまう。でも、よーく見てみると、人それぞれに動き方の「スタイル」が存在していることにも気づく。例えば、鹿児島県では数多なイベントが毎週末、いや、毎日のようにいたるところで開催されているが、長く見ていると、その少なからずの偏狭具合にも気づき始める。この系統の人たちが集まるイベント、また別の系統の人たちがあつまるイベント、と言った具合に。まぁ、これは社会人になった今始まったことではなく、大学のサークルの頃からあった話ではあるが。

で、僕の中でも最近になって自分のスタイルが少しずつ見えてきた様子がある。こういう仕事が得意だなとか、逆にこういう活動には気分が乗りにくいな、とか。

昔、BaPAというスクールで、尊敬していた中村勇吾さんとお話させていただいたときに、「君はかっこいいのを作るのと、面白いのを作るのどっちが好き?」と言われたことがある。そのときは素直に「面白い方です」と答えると、「そうだよね。そうだと思う。僕ら(tha)は、かっこいいものを期待されているチームなんだよね。だから君は、今いる場所(カヤック)がすごく素敵な環境なんだと思う」という主旨のことを伝えていただいた。当時は自分の置かれている環境について、あまり客観的に見ることができていなかったけれど、その件を経て改めて、「面白いものを作る」ことが自分のスタイルなんだなという風に気づくことができた。

さて、ここまで書いてみて、じゃあ今自分が思い描いている自分のスタイルを言語化してみよう…、と思ってみたが、それはややナンセンスな気もしてしまう。今回の件に限らず、どうしても「言語」というのは解像度が落ちてしまうという感覚がある。自分の心のなかで描いているアナログの階調による「スタイル」の絵があって、それを言葉に落としてしまうと、急に16ビットになってしまうような。色んな行間が欠けてしまう。言語化することで後々参照しやすいというメリットはあれど、今の段階では、無段階階調のぼやっとした感じが適していると思う。最近見え始めてきたスタイルを、より一層磨いていきたい。

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