気合いの入っていないもの

鹿児島のイラストレータである、大寺聡さんが過去のインタビューの中で「気合いが入っていない作品は見てすぐにわかるし、すごくダサい」という趣旨のことを仰っていました。

「気合い」という体育会的なワードを使って言い表されると誤解を招きがちですが、僕はこの言葉にすごく賛同します。というのも、クリエイター職ってかなり体育会系色の強い職業だと思っていて。(かつて佐藤雅彦さんが、「クリエイターに最も向いているのは中高時代に野球部で思い切りシゴカれた連中だ」という趣旨のことを話されていて、これも大きく賛同する部分があったのですがそれはまた後日…)

話を戻すと、制作業ってたいてい8割くらいの完成度まではちょちょいのちょいで行き着くんです。ただ、8割から10割に持っていく作業が至難の業。マーケティングの世界ではパレートの法則が有名ですが、あれを時間軸に置き換えたような法則が、制作業界では起こるのです。

8割まではちょちょいのちょいで行くもんだから、多くの案件を引き受けて8割くらいの完成度で納品してしまえば、短期的にはすごく商業的なコストパフォーマンスが発揮できると思います。ただ、大寺さんもインタビュー内で仰っていたように、「8割でいいやっ」って感じで留められた作品は、同業者から見るとすぐにわかる。逆に言うと、10割までキリッキリに詰め込まれた作品は、何度も繰り返し見たくなるほど、ほれぼれするのです。まさに、神は細部に宿るとはこのことで。

また一方で、鹿児島の広告代理店の方と話していて「地方から優秀なクリエイターが排出されにくいのはなんでですかね?」といった話題になったときに、代理店の方は、「良くも悪くも『このくらいでいっか』みたいなクオリティがまかり通ってしまう世界だからね」と仰っていました。つまり先述した、8割の完成度でもある程度受け入れられてしまう風潮がある。これはビジネス的に見ればイージーな世界ですが、1クリエイターの成長という点で見るとすごく危険な世界です。

僕もふと油断すると、「これくらいでいっか」という悪い面の気持ちが攻めてくることもあります。そして、特に地方の仕事はそれが本当にまかり通ってしまう怖さがある。だからこそ、そこは自分自身の気持ちが最後のストッパーになるべきだと思っています。「このくらいでいっか」を一度でも許容してしまうと、許容癖がついてしまうので、決して一度たりとも許してしまっていはいけないという気持ちで励んでいます。

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