優秀でない人も採用できる企業になりたい

地元で会社を運営していると、冗談めいたものから本気のトーンのやつまで含めて、知人友人から「僕も田島のところで雇ってよ〜」的なことを言われることが多くあります。残念ながら今のところ、彼らのスキル的にOKを言えるケースはほぼ無く、「5年後ね!」という風にはぐらかすことが多いです。ただ、こうやって断ってる瞬間の心境としては、彼らに「もっとスキルを上げてから出直してこいよ!」という風に思っているわけではなく、むしろ彼らのような人材を少なくとも現状では雇うことができない自分らの企業体力のなさに対して悔しい気持ちを感じています。

というのも、今の弊社が雇うことのできる人材は、いわゆる即戦力と呼ばれる人たちに限られているから。経験の浅い人たちを雇って、教育をしながら一人前に育てていくという作業はある程度企業体力のあるところじゃないとできない。世の中で「新卒採用はじめました!」という言葉が中小企業が一人前になったことを示す一つの登竜門として認識されているのも、こうした理由からです。

「個人の時代」と叫ばれる昨今においては、個人のスキルがどんどんエンパワーメントされ、一つの企業に依存せず独立して生きていくことのできる人たちがますます増えていくとされています。僕の前職であるカヤックや、リクルート社なんかでもそうした社風が強く、「ある程度ここでスキルを身に着けたら独立して好きなように働こう」と思ってる社員がたくさんいるし、企業文化としても社員の独立を推進していたりします。そういう企業文化が世の中に浸透しているから、また新しい「意識の高い人」が次々に入ってきて、うまく会社が循環するというサイクルができています。ただそういう企業文化が成立するのって、極めて東京固有のものだとも思っていて。

地方だとシンプルにまず、いわゆる「意識の高い人」の割合が東京よりも明らかに少ないです。意識の高い人がいたとしても、その人は既に一企業に属すことなく独立して働いているか、そうでなければスキルアップのために東京に出てしまっているからです。(僕自身も社会人キャリアの最初は東京で過ごしたというのもあり、東京に一度出てスキルアップを目指すのはバリバリ推奨派です。)

こうした理由から、地方で普通のサラリーマンをやっていこうとしている人たちは、意識の低い人達がほとんど。でもこれは全然ネガティブな話なんかじゃなく、郷に入っては郷に従えということで、そこに合わせれば良いだけです。

例えば鹿児島の大型スーパーであるA-Zは、65歳以上の高齢者を優先的に採用するというポリシーを掲げていて、社会的弱者の手助けに貢献しています。優秀な社員だけで構成された筋肉質な組織もかっこいいですが、むしろ優秀でない人たちを率先して雇うことのできる企業も、同じくらいかっこいいですよね? で、地方だと後者の組織文化を目指したほうがフィットするなぁというのが最近の気づきです。

(追伸)
来月発売されるTURNSでも、そんなことを話していたような気がします(笑)。どうぞよろしく。

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