インターネットに存在していたはずのデータが消えたときの喪失感

僕が中学時代に初めて作ったホームページの名前はMasterPeaceという名前でした。レンタルで用意したチャットと掲示板、それから簡単なミニゲームも用意してクラスメイトが集まるような場所を作っていました。当時は学校裏サイトなるものが世間的に悪いニュースとして流行っていたので、このサイトも「裏サイトじゃないか?」と学校の先生に目をつけられ、呼び出されたりしたこともありました。(ちゃんとサイトを見せたらすんなり解決したのですが。)

さて、そんなMasterPeaceというサイトなのですが、たまに思い出して検索したりしてみても、全く出てこないのです。ドメイン自体はとっくに失効してしまっているので本サイトが無いのは当然なのですが、何かしら誰かが撮ったキャプチャなり、魚拓なりがあってもいいのになぁと思いながら寂しくなったりします。まぁ、当時は2005年なので今ほど「インターネットが全国民の手のひらの上に」といった感じではなく、魚拓サービスもあんまりなかったと思うので、冷静に考えるとそりゃそうかという感じではあるのですが…。

それでも、ネット上にかつては確実に存在していたデータが今は真に存在していない、という事実は、感覚的にすんなり受け入れがたいものがあります。現実世界の実体あるモノをなくしてしまうのとはまた違った、「嘘でしょ!?」という感覚。わかるだろうか…。

インターネットって、無限に広がる荒野のようなイメージがあって、ある種妄信的にそのデータの無限性を信じているところがあります。その信頼の延長として、「かつては確実にどこかのサーバー上に存在していたデータなのだから、それが何かしら流布した先の残骸か何かでもどこかに残っているはずだろう」という希望的観測もあります。それだけに、探しても探しても出てこないというのが、どうしても不思議な感覚を持ってしまいます。

まぁ、多分本当にないんでしょうけど…。僕が初めてデザインしたMasterPeaceというロゴは、もうこの世に…(笑)

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