「ホームタウン」という概念について。

理容室「MARE」さまの撮影等の仕事のため、2泊3日で東京に来ています。明日の朝には鹿児島に帰るのですが、鹿児島に拠点を増やしてからというもの、初の出張だったので、なんだか新鮮というか、感慨深い気持ちです。
たかだか2ヶ月程度しか離れていないので、「懐かしい」という感情はないのですが、「本郷三丁目ってこんな感じの匂いだったっけ?」とか「やっぱり電車の本数はめちゃくちゃ多いな…」など、東京に住んでいた頃よりは変化に敏感になっていることに気づきました。
大学時代に実家のある鹿児島から住んでいた千葉に戻るとき、「ホームタウンに帰る」という感覚を持っていることに気づいたとき、それまで変わるはずのなかった「ホーム」という概念がいとも簡単に覆るということを知り、大変驚いたのですが、そのときとほぼ全く同じ心境です。
まだ2ヶ月しか住んでいない鹿児島を、どこか心理の奥底ですでに「ホーム」だと認識しており、身体もそれに反応している。つくづく、人間の順応性の高さには驚かされます。
そうすると、そもそも「ホーム」という概念はなんなのか。ある一定期間暮らしを営めば、そこはもう人間にとって「ホーム」たりえるのか。疑問は尽きません。
例えば旅人ならどうか。常に全世界を飛び回っているような方にとって、「ホーム」と呼べる都市はあるのかどうか…。
どんな条件が、人を「ここは自分のためにホームタウンだ」と思わせるのか、とても気になるところです。

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