安さを売りにする弊害

商売をする上でプライシングというのは重要なテーマだ。特にフリーランスとして自分のスキルを商売道具にしながら生計を立てていく人の場合、「自分の時間に値段をつける」ということが最も頭を悩ませる課題の1つになるだろう。

経験が浅い頃は、「えいやっ」と値段を決めてしまうこともしばしばあるだろうが、数年の経験を経るとある程度の相場が肌で分かってきて、市場の中における自分の価値を適切に評価して価格設定ができるようになる。この頃には次のステップのマーケティング戦略として、市場の競合よりも価格を抑えめにしてそれを売りにするのか、はたまた価格は少し上がるけれどもその分の付加価値を提供する道を選ぶのかといった考えも生まれてくる。

日本の大企業を見渡してみると、「低価格でありながら、ある程度高品質なものを提供する」戦略が上手な会社が多いように思う。アパレルにおけるユニクロであったり、ワンコインで驚くような品質の食事を提供する牛丼チェーン店や、国内の生活事情に最適化した軽自動車を低価格で提供するダイハツなどがその例だ。

ただし、これらは大企業だからこそなしえる巨人の戦略であると思う。人間のスキルを商売道具とした個人や零細企業が同じように安さを売りにした戦略をとった場合どうなるか。
まず第一に、安さを売りにするということは当然その分、量でカバーする必要がある。日々の業務をテンプレートに落とし込み、どんな案件に対しても同じワークフローを踏むだけでスピーディに捌けるようにする。これ自体はありがちな光景であるが、行きすぎたテンプレート化は個別最適の機会を毀損することに繋がる。つまり、1つ1つの案件に対して100点の品質は目指さずに、70〜80点を落としどころにしましょうということになる。

この戦略を長期的に捉えたときの弊害は主に2つあると考えている。1点目に、一個人としてのスキルが育たないことである。自分も一時期安さを売りにした戦略をとったことがあるから分かるが、競合よりも低い金額で見積もりを提示した場合、いざクオリティを追い込もうとするフェーズで「でもここで時間をかけて追い込むほどの金額はもらっていないしなあ…」という妥協の心理が常に働く。顧客からしてみれば、安い金額でそれなりの品質のものを仕上げてくれればそれで良いのだが、サービス提供側からすれば常に今あるスキルセットを使い回すことが主になってしまい+αのスキルが身につかない。新しいスキルというのは往々にしてクオリティの追い込み部分で得られると考えている。

じゃあ一方で、80点前後の品質をなるべくスピーディに提供する、その効率化のためのスキルを伸ばせば良いのではないか。上に挙げた日本の大企業の戦略がそうであるように…。
そこで2点目である。人間の手によって生み出される80点前後の価値を今まさに奪おうとしている大きな競合が存在する。AIやSaaSである。これらのサービスを実際に使いながら、まだまだだなと感じる部分は多分にある一方、その品質は40点、50点、60点…と年々上がってきていると感じる。このレベルが80点前後まで到達したとき、安さを売りにする戦略をとっていた人々は「効率」という土俵でAIやSaaSと真っ向勝負することになる。こうなると到底太刀打ちできないと私は考えている。その時期が到来した際にも引き続き人間が提供できる価値というのが100点、ひいては120点を提案できるスキルなのだと思う。

実際に見積もりを出す場面では、安く提示するのは意外と簡単で、高く提示するのは難しい。高い見積もりはそれに応えなければならないプレッシャーを自分自身に強いるためである。でも、そのプレッシャーを超えて新しいスキルを獲得していく姿勢こそが、向こう10年、20年を経ても市場から振り落とされないために必要なのだと今の私は考えている。

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