SNSは、無理やり意見・感情を引き出すツール。

先日、こんなツイートをしました。

紙とペンがあったら、そこになにか文字やイラストなどを書きたくなってくるように、入力スペースと送信ボタンがあれば、そこになにか文字を入力して送信してしまいたくなるものです。同じように、そこに釣り道具一式と海があれば糸を垂らしてみたくなる、人間の習性ってそういうものなんだと思います。

そうすると、最初は「なにか思いついた物事を書いてみよう」と考え、無理なく付き合っていけるのですが、それが当たり前となり、日常化すると、「せっかくあるんだし、なにか書かないと気持ちが悪い」「何も書かないのはもったいない」と、やや考え方は変わってきます。これが、「手段の目的化」であり、特段珍しい光景でもないと思います。

たとえば、これは個人的な話なのですが、Twitterをほぼ毎日使っていて、1回もツイートすることがない日があると「今日はなにもツイートしてないな…、なにかツイートすることがないかな?」とネタを探すようになります。これが最もわかりやすい例でしょう。まさに、手段が目的化した例です。

もともと、Twitterを使っていなかった時代には、そんな強迫的観念に襲われることはなかったのに、つい毎日のように使っていると、このようにツールに「使われる」瞬間に立ち会うことになるんですね。別にこれが一概に「悪い」ことだと決めつけるわけではありませんが、健康的なツールの使い方とは言い難いでしょう。

その結果、別にそこまで強く思っているわけでもないことや、なんとなく世間で騒がれているトピックに対して意見を言ってみたりする。そして、あまり関心がないゆえに、そこまで深く考えておらず、炎上してしまったりするわけです。なので、「これは”ツールに書かされている”んじゃないか?」という点検の目を持っておくといいかもしれないなと思いました。もっとも、そこまでSNSに対して真剣に向き合っていない、向き合う気がない、というのであればいっこうにかまわない問題ではあるのですが。

 

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