最近、「言いたいことがある」ってそれだけでけっこうすごいんだなと思うようになった。140字をいっぱいに埋めることすら、自発的に毎日やれる人は限定的だ。:ツイッターのフォロワーを3ヶ月で3,000人ほど増やした方法 https://t.co/RNG4FT7cTs
— チェコ好き (@aniram_czech) August 1, 2017
ちょっと前に、こんなツイートを読みまして。
noteの記事の内容も素晴らしいのですが、このチェコ好きさんの意見にもすごく同意で。毎日何かしらつぶやいたり、Facebookで投稿したりするのは結構エネルギーが要ることで、よくよく考えるとすごいことですよね。ちょっと冷静に考えると「なんでこんなに面倒なことをしているんだろう」という気持ちになったりします。
ただ、「みんな(自分も含めて)毎日何かしら投稿したりして、よくやるよな〜」と思うのですが、実は、紐解いていくと自発的に投稿しているのは少ないんじゃないか、という気もしてきます。多くの投稿を観察すると、0→1の「発見」「創作」的な内容ではなく、何かしらの事象に対する「反応」であることがほとんどではないでしょうか。つまり、意地悪な味方をすれば「投稿させられている」状況にある、といってもいいのかもしれません。
例えば、ぼくが書くブログはそのほとんどが「反応」です。こんなツイートを見た、こんな記事を読んだ、こんな出来事があった…、となにかに対する反応を文字にしてエントリにしたためています。
一方で、「反応」とは一線を画す、「発見」「創作」的なポストを連続で重ねられる方はすごいと思います。それはなかなか普通にできることではありませんし、何らかの戦略を伴ってのことでしょう。だからこそ、そうした投稿ができる人は、それに感銘を受けて、ファンが増え、フォロワーが増えていきます。
「(情報)発信」なのか「反応」なのか、そのあたりの区別はつくようになっていたいものです。